2016年真田家の 六文銭紋に注目下さい。

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えんどうえいこです☆
本日 ご紹介させていただきますのはストラップ^^
ストラップに「六文銭」
下の写真は 甲斐の国 武田菱になります。
「武田菱」←(地元なのでこちらも 個人的に贔屓してます^^)
玄昌石で作ってあります。ご覧ください。
http://item.rakuten.co.jp/promesse/501-012-3/
この玄昌石のストラップが地元紙で紹介されたのは 6年半ほど前
当時はNHK大河ドラマは天地人でした。
若い女性を中心に戦国ブームが広がる中、
土産品製造の「石工房 玄昌堂」(韮崎市大草町西割)は、
全国の人気武将の家紋を彫り込んだストラップを発売した。
硯(すずり)石などに使われる宮城県産粘板岩を超音波研磨機で加工。
つやのある黒石に、
武田菱(びし)や真田家の六文銭紋を彫り込んで金色に塗装し、
高級感を出した。
大河ドラマで話題の直江兼続をはじめ、
武田信玄や上杉謙信、真田幸村、伊達政宗ら11人の武将の家紋やよろいの前立てを取り上げた。2009/08/28
今年2016年のNHK大河ドラマ 真田丸
真田家の 六文銭紋に注目下さい。
NHK ONLINEでドラマの行方は?こちらから
http://www.nhk.or.jp/sanadamaru/information/event/
■六文銭のいわれ
1567年(永禄十年)
武田氏に仕える信濃国上田城主真田昌幸に、
二人目の男の子が誕生しました。
これが後の真田幸村です。
1582年(天正十年)、 武田勢は、天目山の戦に破れ、
昌幸の軍も上田城に引き返すことになりました。
ところがその途中、四万余の北条軍に遭遇してしまったのです。
「わが軍は、わずか三百。これでは到底勝ち目がない
さて、どうしたものか。」
思案に暮れる昌幸の前に、当時15才の幸村が進み出ました。
「父上、私によい考えがあります」
「おお、幸村か。よい考えとは何じゃ」
「私に紋のない旗をお与え下さい」
幸村はその旗に北条方の武将松田氏の旗印永楽通宝を描いて
兵に持たせ、軍を六隊に分けて闇討ちをかけました。
北条方は松田が謀反を起こしたと勘違いして大混乱。
それに紛れて真田勢は無事上田城に帰り着いたのです。
「でかしたぞ。幸村。
これにちなんでそなたの旗印には六つの銭を描くがよい」
こうして、幸村は六文銭の旗印を持つことになったのです。
と いわれてもいるようですよ。
さて もうひとつの■六文銭のいわれ
六連銭は仏教でいうところの六道銭のことで、
三途の川の渡し賃である。
決死の覚悟であるという意気込みが伝わるところからこの家紋にした。とか..
六という数字は人が地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人間、天上の六つの世界で
輪廻転生をくり返す六道輪廻に由来するものです。
つまり、三途の川の渡し賃である六文銭を身につけたり
旗印にして示すことにより、
戦場にあっても死を恐れないという気概を
知らしめたのではないかと思われます。
これを裏付けるように
もともと真田家の家紋は結び雁金という紋で
合戦の場に臨む時だけ替え紋として
六文銭を用いたという話もあるのです。
当初は戦場だけで使われていた六文銭は、
幸村の兄の伸之によって江戸時代を通じて受け継がれ
逆に結び雁金が替え紋になっていきました。
六文銭の評価が高まり
武勇の証として使われるようになったとしたら
それはやはり幸村の大坂の陣での戦いぶりと無縁ではないでしょう。
真田幸村は 中国三国志の諸葛孔明を思わせる魅力があり
真田十勇士など数々のロマンの物語が生まれています。
真田丸の これからの展開が気になります。
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